安保理について若干説明しますと、南ローデシアの白人少数政権に対する経済制裁の実効性を担保するため、安保理は、1966年4月9日にイギリス政府に対し、
「ローデシア向けの石油を運んでいると信ずる合理的理由がある船舶がベイラ(ソマリアの港)に到着することを阻止するために、必要であれば武力を行使することを要求し、同国に対し、ジョアンナ5世号という名のタンカーが石油を積み降ろした場合には、そのベイラからの出港時に捕捉し、拘留する権限を与える」
・・・という決議を採択しました。
この決議が採択されたことに対し、ポルトガル政府は、憲章上安保理がその責任を加盟国に移譲することはどこにも根拠がなく、したがって憲章違反であるとして抗議しました。
しかし、当時の国連世論は、ポルトガルが安保理決議を遵守していないことに対する批判が圧倒的で、この異議に対してはほとんど注目が集まりませんでした。
今回の決議678号に関しても、これまでのところその憲章との関係についての議論は、ほとんど行われていません。
「ローデシア向けの石油を運んでいると信ずる合理的理由がある船舶がベイラ(ソマリアの港)に到着することを阻止するために、必要であれば武力を行使することを要求し、同国に対し、ジョアンナ5世号という名のタンカーが石油を積み降ろした場合には、そのベイラからの出港時に捕捉し、拘留する権限を与える」
・・・という決議を採択しました。
この決議が採択されたことに対し、ポルトガル政府は、憲章上安保理がその責任を加盟国に移譲することはどこにも根拠がなく、したがって憲章違反であるとして抗議しました。
しかし、当時の国連世論は、ポルトガルが安保理決議を遵守していないことに対する批判が圧倒的で、この異議に対してはほとんど注目が集まりませんでした。
今回の決議678号に関しても、これまでのところその憲章との関係についての議論は、ほとんど行われていません。